ものかきおふぃす☆にじいろ

西門檀の物書きブログです。お仕事時々、サンプル作品時々、実績公開やら時々、日常の思考暴露時々と挑戦すること時々。

【文章サンプル】 祈恋 

(日本史息づく・檀original story)

--祈恋--


つらかりし
人こそ あらめ祈るとて
神にもつくす わかこころかな


夏日詠夕立和歌
弾正少弼景虎










貴方からの文にしたためられた
和歌を胸に・・・・


最近、あの頃の貴方を思わずにはいられません。

幾度の戦の勝利は この寺にも
風が便りを運んで参ります。

あの頃、私がもっと貴方を信じていたのなら・・・・






私は、上野平井城 城主・千葉采女の娘 伊勢。

あれは、月のまあるい夜。
遠目でも 景色の分かる明るい夜更けでありました。

城の中は、温い気がこもり
寝苦しく 気分を変えようと
静かに城を抜け出したのです。


見張りが見張りにもならぬ様を
横目で一瞥し
足音をならさぬように
抜け出す 緊張感がたまらなかったのをよく覚えています。

今思えばその行為が、
つまらぬ日々を払拭していたように思います。


貴方との出会いは、そんな頃でした。
城に程近い、私のお気に入りの高台で。
そこからの景色を眺めるのが
私の唯一の憩いでありました。

 

(この景色だけは、今も昔も変わらないわね)

月明りに川の水面がきらめいて、

どこまでも続く夜空が私を包み込んでいるかのように

思えていたのに、いきなり背後から男の声が聞こえて

一瞬で身体が固まってしまう。



『このような、夜更けに一人ですか?』


この場所で誰かと出会うなんて
これまでなかったことでしたから、
私は 懐刀に手を添え 振り向きました。

月を背負う男の顔は
その時、 確認出来なかったのですが・・・

男は穏やかな声色で私に名乗ったのです。



『私は上杉景虎と申すもの。
貴女は、その身なりからすると・・・千葉殿の?』


上杉景虎・・・その名を私は父上より聞いたことがありました。
越後に軍神がいる・・・その名は上杉景虎という男。


軍神?』



近づいてくる上杉景虎と名乗る男は、次第に顔立ちがはっきりとしました。
私の目の前にやって来た、男は 端正な顔立ちに柔らかな物腰。

私は、懐刀の手をおろしてしまうほど、彼に親しみを感じていたように思います。

 


軍神などではありませんよ・・・しかし、美しい』

私は、うろたえました。
美しいなどとこのように
間近で言われたのは初めてでしたから。
染まった頬は、気づかれまいか……

落ち着かない気持ちに心は支配されていたのです。

 

 

あの後のあなたの言葉を思い出すと、今でも頬が熱くなる―― 


『この景色は、美しい。
貴女ははいつもこの景色を
見ているのですか?』


瞬時に悟る・・・
美しいと言ったのは、
私ではなく、ここからの景色のことであったのだと・・・


いたたまれなくなり、私は
踵を返しました。

そして、走った・・・夢中でかけておりました。
無性に 今この場より消えてしまいたくて。 

それは、羞恥の波にのまれてしまった

私の夜の出逢いでございました。


立ち去る私の背後から、貴方が何か 叫んでいたことすら、
私の耳に入ることはなかったのです。 






 

西門檀